来年4月に
GIFTED
という映画が公開されるようです。
日本でも公開されるのかなぁ・・・
予告を観た限り
7歳で高度な微積分を理解するギフテッドの少女の
親権なり教育環境をめぐるストーリーのようです。
細かい内容がわからないのでなんとも言えませんが
日本で公開されるとやはり
ギフテッド=天才
という印象が国内で強くなるのかな、、、
しかし多くのギフテッドが少女のように超ギフテッドではないですし
特定の分野ではズバ抜けて秀でていても
その分野以外では年相応だったりするギフテッドもかなり多いので
ギフテッド=天才
という風潮がこの映画でまた強まってしまうと
キツいなぁ、、、
と思ってしまいます。
要は
映画のなかの少女レベルの "天才" でなければギフテッドではない
という誤解が
少女レベルではないギフテッド
又は
少女とは違うかたちのギフテッドの子達とその家族を
さらに追いつめてしまうのではないか・・・
と不安になってくるのです。
日本では
ギフテッドが
ギフテッド=凸凹=発達障害の一種
というかたちで広まっていっているようひしひしと感じる最近ですが
そのような理解でこの映画を観た場合
皆さんの反応はいったいどんな感じになるんだろう?
とも考えてしまいます。
これは私の理解ですが
同じ "ギフテッド" で(傾向は似通っていて)も
皆ふつうに十人十色で
その子達を育てている家族も十人十色であり
その子と家族の組み合わせもまた十人十色で
だからこそ
「ギフテッドってこうで、だからこういう育て方や教育環境がベスト」
とは単純に "仕分け" できないと思うのですよね。
ギフテッドで学習障害なり発達障害を抱えている子達(=2e)もいますし
少女のように「誰から見ても天才児!」というギフテッドもいますし
適した環境や理解がなく落ちこぼれているギフテッドもいますし
僕さんのようなギフテッドもいますし(笑)
いろいろなギフテッドがいて
ニーズもそれぞれ違うのだと
最近つくづく感じています。
アカデミック・ニーズが満たされて初めて問題行動が落ち着く子もいれば
情動教育で伸び伸びと才能を開花させる子もいるでしょう。
ギフテッドが十人十色であれば
ギフテッド教育も千差万別で
一括りできるものではないのだ
と最近ますます強く思うようになった次第 (^^;;
はぁ・・・
思うこと
考えること
いろいろ沢山ありますなぁ(´-`)
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